第1回:その「S」は本当に硬いのか? 業界に統一基準が存在しない「フレックス」の闇と、振動数(CPM)の限界
はじめまして。ステップアップゴルフ科学研究所の小平(こだいら)です。
これまで長年、データ計測と物理法則に基づいたゴルフスイングの解析やクラブフィッティングの研究に携わってきましたが、こうしてブログという形で皆さんに直接情報を発信するのは初めての経験です。少し緊張しておりますが、研究室のホワイトボードの前で熱く語るような気持ちで、キーボードを叩いています。
私がこの連載を始めた理由はたった一つです。
「感覚」や「経験則」だけで語られがちなゴルフの世界に、「科学」という新しい物差しを持ち込みたいからです。
スコアに伸び悩み、「何かがおかしい」と感じながら練習場に通っているあなたへ。
もしあなたが、ショップの店員に言われるがまま、あるいはネットの口コミを信じて「Sシャフト」を選んでいるのなら、この記事はあなたのゴルフ人生を変える分岐点になるかもしれません。
今日は、ゴルフ業界が長年抱えている「不都合な真実」についてお話しします。
1. フレックス表記の「闇」:そのSは、誰にとってのSなのか
まず、皆さんに知っていただきたい衝撃的な事実があります。
それは、ゴルフシャフトの硬さを示す「L / A / R / S / X」という表記には、JIS規格やISO規格のような「業界統一基準」が一切存在しないということです。
これはどういうことか。
あるメーカーにとっての「S」は、別のメーカーにとっての「R」かもしれないし、また別のメーカーの「X」に相当するかもしれない、ということです。
実際に私たちが計測したデータでは、「A社のSシャフトが、B社のXシャフトよりも柔らかい」という逆転現象すら確認されています。さらに言えば、同じメーカーであっても、ブランド(銘柄)が変われば「S」の基準が変わることも珍しくありません。
私たちは普段、服を買うときに「Mサイズ」や「Lサイズ」を選びますが、メーカーによってサイズ感が違うことに戸惑った経験はありませんか? ゴルフクラブでは、それがさらに極端な形で行われています。1本数万円もする高価な「エンジン(シャフト)」を、試着もせずに「タグのサイズ表記」だけを信じて買っているようなものなのです。
特に、市場の大多数を占める「メーカー純正シャフト(オリジナルシャフト)」に至っては、詳細な剛性データが公開されていないことが多く、事実上のブラックボックスとなっています。これでは、ユーザーが客観的な数値で比較検討することは不可能です。
「Sだから硬いはず」「Rだから頼りない」
この先入観を捨てない限り、科学的なフィッティングへの扉は開きません。
[ここに図解:メーカーごとの「Sフレックス」の硬さ分布図。同じ「S」でも振動数や剛性がバラバラであることを示す散布図のイメージ]
2. 振動数(CPM)の落とし穴:手元だけを見て全体を語るな
「私はフレックス表記なんて信じていない。ちゃんと『振動数(CPM)』を測って選んでいるから大丈夫だ」
理系思考のゴルファーの中には、そう仰る方もいるでしょう。確かに、振動数(cpm: cycles per minute)は数値化された指標であり、フレックス表記よりは信頼できます。しかし、ここにも大きな物理的な死角が存在します。
振動数計を使った一般的な計測方法(グリップ側を固定して先端を弾く)は、物理的に「手元側の硬さ(剛性)」に極端に依存する数値しか出せないのです。
思い出してください。ゴルフシャフトは1メートル以上ある長い棒です。
- 手元が硬くて、先端が柔らかいシャフト
- 手元が柔らかくて、先端が硬いシャフト
この2つは、スイング中の挙動が全く異なります。前者は先端が走りやすく、後者は安定感があります。しかし、手元の剛性さえ同じであれば、この全く別物の2本が「同じ振動数(例えば250cpm)」として表示されてしまうのです。
振動数合わせ(周波数マッチング)は、あくまで「手元の硬さを揃える」ことには有効ですが、シャフト全体の「しなり方」や「キックポイントの挙動」までは保証してくれません。
シャフトの性能を科学的に正しく評価するためには、手元だけでなく、中間、先端と、シャフトの全長にわたる詳細な硬さの変化、すなわち「剛性分布」を知る必要があります。
剛性分布とは、シャフトを10点以上のポイントで細かく計測し、それぞれの場所の硬さをグラフ化したものです。これこそが、シャフトの「DNA」そのものです。従来のフィッティングが「身長と体重だけを見て服を選ぶ」ようなものだとすれば、剛性分布に基づくフィッティングは「全身の3Dスキャンを行ってオーダーメイドする」レベルの違いがあります。

[ここに図解:同じ振動数(CPM)を持つ2本のシャフトの剛性分布図。CPMは同じでも、グラフの波形(先端と手元の硬さ)が全く異なる様子を示す図]
3. データに基づいた「新しい選び方」への転換
では、私たちは何を基準にクラブを選べばよいのでしょうか?
従来の「感覚と経験」に頼る選び方と、私たちが提唱する「科学とデータ」に基づく選び方を比較してみましょう。
| 比較項目 | これまでの選び方(従来型) | ステップアップ流の選び方(科学的アプローチ) |
|---|---|---|
| 判断基準 | メーカー公表のフレックス(R/S/X) | 剛性分布(全長の剛性推移・調子係数) |
| 計測データ | ヘッドスピード(結果)のみ | グリップスピード解析(原因) |
| 硬さの指標 | 振動数(CPM)=手元剛性のみ | 多点剛性計測による可視化 |
| アプローチ | 絶対評価(スペック表への当てはめ) | 相対評価(現状との差分最適化) |
| リスク | 基準が曖昧で再現性が低い | 数値根拠があり、再現性が高い |
| 得られる結果 | 「なんとなく」合う気がするクラブ | 「なぜ合うか」が論理的に説明できるクラブ |
この表を見ていただければ分かる通り、私たちが目指すのは「運良く合うクラブに出会う」ことではなく、「物理的に合う必然性のあるクラブを導き出す」ことです。
そのためには、シャフトのデータ(剛性分布)だけでなく、あなたのスイングデータもより深く解析する必要があります。
従来の「ヘッドスピード」だけでは不十分です。ヘッドスピードはあくまで「結果」であり、シャフトをしならせる「原因」ではないからです。
シャフトにエネルギーを与え、しなりを生み出す源泉。
それは、あなたの「グリップスピード(手元の速度)」の変化にあります。
結論:感覚を捨て、物理を味方につけよ
「Sシャフト」というラベルを剥がし、振動数という単一の数値への信仰を捨ててください。
ゴルフスイングは物理現象であり、クラブフィッティングは工学です。
今日のまとめです。
- フレックス表記(SやR)には統一基準がなく、メーカー間で比較不能である。
- 振動数(CPM)は手元の硬さしか表しておらず、シャフト全体の挙動は見えない。
- 真のフィッティングには、シャフトの「剛性分布」と、スイングの「グリップスピード解析」が不可欠である。
初めてのブログで少々熱が入ってしまいましたが、これらが私が研究所で日々直面している「事実」です。
では、あなたのスイングデータをどのように解析すれば、最適な剛性分布を持つシャフトが見つかるのか?
次回は、多くのゴルファーが見落としている、しかし飛距離アップに最も重要な指標、「グリップスピード」と「減速のエネルギー」について解説します。
ヘッドを走らせるために必要なのは、実は「加速」ではなく「減速」だったのです。
このパラドックスを理解したとき、あなたのゴルフ観は180度変わるはずです。
次回の更新をお待ちください。
ステップアップゴルフ科学研究所 小平
